ヴェニスの商人、契約書の教訓

行政書士が読む『ヴェニスの商人』~もしも、まともな契約書があったなら

古典の中にある「法務」の悪夢

久しぶりにシェークスピアの「ヴェニスの商人」を流し読みした。イスラエルのドンパチのニュースを連日聞いてたこともあり、なんでユダヤ人はあんなにこだわるのかなどと思い巡らしていて、突然思いだしたのが「ヴェニスの商人」だったのだ。重要登場人物のシャイロックがユダヤ人の名前を想像させるということで昨今、そのまま上演されることがないと思うが、上演されない理由はほかにもあるのだろうと思い至ったのだ。

ヴェニスの商人のイラスト

私はそう思って読んだことはないのだが、喜劇の名作と言われる作品である。ストーリーは単純だ。友人の恋を応援するために金を借りたアントーニオと、金を貸した高利貸しのシャイロック。「期限までにお金が返せなければ、体肉1ポンド(約450g)を切り取る」という証文(契約書)を巡る物語だ。

喜劇だとすれば「シャイロックは強欲だなぁ」とか「ポーシャの機転が痛快だ」と楽しむところなのだろう。だが、法教育ではこの作品は、先生の雑談のネタの定番で、そうやって読むと「契約書不備が招くホラーサスペンス」と言っても良い。

そもそも、その契約は「無効」である

物語のクライマックス、裁判のシーン。シャイロックは証文を盾に「約束通り、肉を貰う」と主張する。現代の日本の法律にあてはめると、民法から見れば民法90条「公序良俗違反」に該当して、この契約自体無効である。

「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」

借金のカタに身体の一部を切り取るなんて野蛮な契約は、たとえ双方が合意してハンコを押していても、法律が許さない。もし、シャイロックが私の事務所(浅草)に来て、「こんな契約書を作ってくれ」と言ったら、「旦那、それは無理ですよ」と即座にお帰り願うことになる。公正証書にしようとしても、公証人が絶対に首を縦には振るわけがない。当時のヴェニスは法体系が整っていたので舞台にヴェニスが選ばれたらしいが、書いたシェークスピアはイギリスの方である。果たして、当時のヴェニスの公証人はこの劇を見てどうおもったのか。まぁ、ありえないから「喜劇」なのかもしれないが、「肉を切り取る」は度が過ぎて、私には笑えない。

ポーシャの屁理屈と、契約書の怖さ

それはさておき、物語の中で、ヒロインのポーシャは裁判官に扮してこう判決を下す。「よろしい、肉は切り取れ。ただし、契約書には『血』を流していいとは書いていない。だから血を一滴も流さずに肉だけを切り取れ。もし血が出たら契約違反で死刑だ」痛快な逆転劇である。観客はここで拍手喝采だ。だが、冷静に考えてみよう。ものすごい「屁理屈」である。

肉を切り取るには血が出るのが当然だ。これを必然的付随行為という。つまり避けられない話である。それを分離して考えるのはいくらなんでも無理がある。そんな揚げ足取りが法廷で通っていいのか。

ドゥカーレ宮殿の階段
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