クラフトビールの夢と現実

「クラフトビールを作りたい!」という熱意を、あえて冷ます免許の話 〜醸造の夢と現実

最近、この手の相談が多すぎる

浅草の街を歩けば、着物姿の観光客と同じくらい、クラフトビールの看板を見かけるようになった。猫も杓子も、とは言わないが、空前のブームである。

その影響か、私の事務所にも目をキラキラさせた若者(たまに定年後のオジサン)がやってくる。「自分の理想のビールを作りたいんです。醸造免許を取りたいんですが」情熱は素晴らしい。ビールの味やラベルのデザイン、店構えの夢は無限大だ。

しかし、その熱々の情熱に、あえて冷水を浴びせなければならない時がある。

今日は、そんな「ほろ苦い」免許の話をしよう。

「年間6万リットル」という絶望的な壁

単刀直入に言う。日本で「ビール」を作る免許を取るのは、極めて難しい。酒税法という法律が、新規参入者の前に立ちはだかる巨大な壁となっているからだ。その壁の名は「最低製造数量基準」。「ビール」の免許を取りたければ、年間で60キロリットル(60,000リットル)作りなさい、という決まりがある。

ピンとこないかもしれないが、330mlの瓶ビール換算で約18万本だ。個人や小規模な飲食店が、最初からこの量を製造し、そして売り切る(ここが重要だ)見込みを立てるのは、狂気の沙汰に近い。「じゃあ、街のマイクロブルワリーはどうしているんだ?」

グラスに注がれたビール

そこで登場するのが「発泡酒」という抜け道……いや、救済策である。

「発泡酒」なら6,000リットル。それでも…

街で見かける小さな醸造所の多くは、法律上は「発泡酒」の免許で運営されていることが多い。これなら年間の最低製造数量は6キロリットル(6,000リットル)。ビールの10分の1だ。これなら頑張ればなんとかなる数字である。「なんだ、発泡酒か」と落胆することなかれ。

麦芽比率を調整したり、果物やスパイスを副原料として使うことで、法律上の区分を「発泡酒」にするのだ。味は立派なクラフトビールである。

だが、この6,000リットルという数字も、決して甘くはない。

タンクの設備投資、衛生管理、HACCPへの対応。そして何より、狭い下町の店舗でそれだけの設備を置く場所があるのか。醸造は「掃除が9割」と言われる世界だ。排水や臭いの問題で、近隣住民と揉めるケースも少なくない。

いきなり造るな、「委託(OEM)」から始めよ

私が相談者にいつも提案するのは、これだ。

「まずは自分で造らず、他人に造ってもらったらどうですか?」

いわゆるOEM(委託醸造)である。

レシピとコンセプトを考え、実際の醸造は設備を持っている既存のブルワリーに依頼する。

これなら、巨額の設備投資も、免許の煩雑な手続きもショートカットできる。まずは自分のブランドのビールを世に出し、ファンを作り、販路を確保する。

「自分の城(醸造所)」を持つのは、商売が軌道に乗ってからでも遅くはない。

これを言うと、あからさまにガッカリする人もいる。「自分でタンクをかき回したいんだ!」と。

気持ちはわかる。だが、商売はロマンだけでは続かない。在庫の山(=賞味期限のある液体)を抱えて倒れるより、まずは身軽に始めるのが、賢い商人の知恵というものだ。

まずは一杯飲みながら

厳しいことばかり書いたが、私はチャレンジャーが嫌いなわけではない。

ただ、行政書士の仕事は、依頼人を法的なトラブルや無謀な計画から守ることでもある。

「夢」を「事業」にするためには、冷静な計算が必要だ。

それでも「どうしてもやりたい!」という熱い人がいれば、もちろん全力でサポートする。

まずは、浅草のどこかの店で、美味いクラフトビールでも飲みながら話そうじゃないか。

酔いが覚めたあとでも、その決意が変わらなければ、本物だ。

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