日本政府はなぜ難民を認めないのだろうか〜入管法の改正を機会にいろいろ考えてみる

改正入管法の改正が成立した。スリランカ人のウィシュマさんが入管の施設で亡くなったこともあって、すったもんだの末の成立である。私が行政書士になって以来、扱ってきたのは外国人の在留資格に関する仕事だ。そのわりには、外国人問題についてこのブログでは書いたことがない。気楽に書きたいと思って始めたブログなので、いざ書くと、笑い飛ばして終われなかったりしそうなのだが、たまにはよかろう。

多くの日本人にとっては自分が直接苦しむ話でもないので、一体何が論点なのかもよくわからないというところが本当のところだろう。その論点をひとつひとつ触れてみても、教科書のようになってしまうので、テーマを決めてつまみ食いをしてみようと思う。今回のテーマは「日本は何故難民の受入に消極的なのか?」である。

そもそも難民ってどんな人たち?

まずは難民の説明から。”戦火から逃れてきた人達”というのがよくある難民のイメージだが、難民の定義は難民条約の第Ⅰ条に以下のように定められている。法律の文章は慣れないと読むのも大変なので、飛ばしいただいても良い。

  • 政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがある
  • 国籍国の保護を受けることができない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者

難民条約第Ⅰ条抜粋

人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができない者またはそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まない者。

参考: 難民の地位に関する1951年の条約(UNHCR日本) 

定義を厳密にとらえると、戦争が怖いから逃げたというだけでは難民とは呼ばない。つまりウクライナから避難してきた人たちは、難民ではない。外交的な取扱で特別に認められた方達である。政府も避難民と呼んで別の取扱をしている。日本では難民の受入件数が少ないことがよく話題になる。何故、国によって扱いに差ができるのか、理由はいくつかある。私が感じている理由をあげてみる。

大江戸行政書士法人に掲げられた出エジプト記の聖句

難民の数が少ない

典型的な偽装難民

まず、本当の意味での難民が少ない。難民申請者は一杯いるとじゃないかと思う方もいるかもしれない。私は仕事柄、今まで1000人以上の難民申請者に会ってきているが、私が知る限り、厳密な定義どころか、命の危険があると感じた申請者すらごくわずかである。難民条約の定義を広く解釈したとしても難民と呼べそうな人たちは少ないのだ。大半は、就労のために来日し、学校にいかず、留学を取り消され、帰りたくないので難民申請したという、偽装難民である。経験値でしかないが、少なく見積もっても8割はそういう人たちだろう。以前は難民申請後6ヶ月たつと一律就労許可がもらえた。その結果平成29年には、難民申請者は2万人にものぼった。ちなみに、その年、難民として認められたのは20名である。制度が見直され、令和4年の申請者は3722名で、202人が条約難民として受け入れられている。政府が少し解釈を広げた可能性はある。

命の危険はあるがどう考えても難民とは呼べない人たちがいる

次に多いのが、いわゆる私怨による命の危険である。ヤクザから金を借りて返せずに逃げてきたというようなケースだ。ヤクザが町の有力者と繋がっていたり、政府の関係者だったりすることもあるのだが、こういうケースでの難民申請の理由にはパターンがある。「テロリストに狙われている」というのが一番多い。テロリストなら国が守ってくれそうなのだが、要は難民条約の中身がわかっていない人が思いつく嘘である。だいたい、話しているうちにぼろがではじめる。最後は、「帰れないことはないんだけどね」となる。

この人たちは、稼ぐことが目的なので、帰れと言われればだいたい帰るのだ。中には、帰ってから、「日本で稼いだ金で家が買えた」といって写真を送ってくる人もいるので、難民を名乗った出稼ぎなのだ。労働力不足を補って、税金を払って、帰ってくれるのであればどうってことはない。

本当の難民はいるのか

さて、それでは本当の難民はいるのだろうか。もちろん、難民と呼べる人たち、呼ぶべき人たちははいる。あえて日本政府は厳密な解釈をしているので、他国に比べれば少ないが、今認められている数よりは多いだろう。

あるアジアの国の少数派の宗教に所属する方が徴兵にあった。その国ではマイノリティは”いの一番”に最前線に送られる。戦地で、これ以上人を殺したくないと主張し、命令違反で投獄され、殺されそうになり逃げた。パスポートを持っていなかったが、友人がお金とパスポートを貸してくれて出国、成田についてすぐに保護を求めた。偽装パスポートを使用したといういことで、収容され半年後にようやく仮放免が認められ、最終的には難民申請が受理された。このケースは、多分、軍規に違反したという理由で、その国の問題と解釈されるだろう。(結局日本人と結婚したので、そちらで在留資格が認められ、難民申請は取り下げたので結果は想像するしかない)

なぜ日本政府は難民を受け入れないのか

さて、本論である。なぜ日本政府は難民を受け入れないのか。よく言われるのが、保守層に配慮しているという理由である。しかし、だとすれば特定技能で何十万人も受け入れないだろう。

日本人が難民に理解がないという話も時々聞こえてくる。しかし、我が国は、かつてインドシナ難民を何千人も受け入れたことがある。話題にはなったが、社会問題になったわけでもなく、当時日本に来た方の1000人近くがすでに帰化をして我々の仲間として生活している。

普通に考えると難民を拒否する理由がみあたらないのだ。一方で、”準難民”を設定して、人道的に受け入れるという。これも、不思議な話だ。なぜ、難民の解釈を狭いままにしておくのか。

思いつく理由は外交

これらの事情から、私が思いつくのは外交的な理由くらいだ。スウェーデンがNATOに加盟したいといったときに、トルコが反対したのは、スウェーデンがトルコが指名手配しているテロリストを匿っているという理由からだ。一方の国が難民を人道上の理由から保護したと主張しても、相手からすれば犯罪者というような話は世界中にある。香港の反政府支持者を難民として受け入れると、中国は法律にのっとって取り締まっているというだろう。シリアの内線に関しては、日本の立場は中立に近い。ミャンマー政権とは未だに国交がある。そこで、迫害されていないかもしれないが、危険な状況にあるので人道的に”準難民”として受け入れる。なんとか数あわせをするというところかなと想像するわけだ。

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