入管技能実習制度がいよいよ終わる?

ここのところ、入管法の改正やら、 技能実習制度の廃止の方向性が示されたりと、入管回りが騒々しい。私の事務所は、今や行政書士業務の総合商社になりつつあるが、個人的なキャリアは一貫して、入管業務である。

3年前には、「同僚は外国人」で日本の外国人問題を全般的にとりあげ論じる機会をえた。「同僚は外国人」のときは、特定技能の新設が話題のタイミングであった。
その後、名古屋入管での事件もあり、入管改革が叫ばれ、コロナが明けたタイミングで、一気に動き始めた感がある。

今まで、このブログではあまり取り上げてはこなかったが、本業でもあるので、少し入管の動向を追っかけてみようと思う。ひとつ、心配なのは、このテーマは多少なりとも事情に精通しているだけに、ついつい口が滑るというか、手が滑るというか、書きすぎそうな予感がするのだ。まずは、技能実習の話である。

著書「同僚は外国人」

筆者の著書「同僚は外国人」

技能実習はどういう制度か。

最近は知られるようになってきたが、技能実習は就労するための資格ではない。あくまで実習である。OJTのための資格と思えば良い。従って、転職はできない。

バブル後、日本の製造業はまだまだ堅調で、技術移転を名の下に、実のところ、人手不足を補うために導入された。導入当時は、最低賃金を前提にシステムが構築された経緯がある。関係者の中には「違う」という方もいるかもしれないが、少なくとも私は自分の耳でJITCOからその説明を受けている。その顛末は「同僚は外国人」でもとりあげているので、興味ある方は売上にご協力いただければありがたい。

実習の名の下に、低賃金、悪環境で外国人を使い倒してきた側面は否定できない。2022年の米国務省人身取引報告書では、技能実習の問題点が指摘されている。

  • 技能実習制度下での人身取引被害者の認知のための技能実習法における監督・執行措置の実施を強化すべき。
  • あらゆる外国人労働者の雇用先の変更及び異業種への転職を可能とする正式なルートを設定すべき。

なぜ今技能実習の廃止が話題になっているのか?

自動車のメンテナンスをする外国人労働者

なぜ、今技能実習廃止が持ち上がったか。人権侵害を是正しなければという自浄作用が働いているならなによりである。しかし、私は自他共に認めるへそ曲がりなので、どうもそのあたりを素直に受け入れることができない。

技能実習生の推移を見てみると、2020年までは増加、その後コロナの影響か2021年は落ち込み、2022年は少し持ち直したが、コロナ前の水準には戻っていない。特定技能への変更があるので、全体としての労働者数は微増かもしれないが、真水の増加分はほとんどないのではなかろうか。明らかな人手不足の状況を補うにはおよそ足らない。

特定技能には外食産業のように技能実習にはない職種もあり、特定技能の増加分がすべて技能実習からの転籍ではない。技能実習制度による人材確保の頭打ちが見て取れる。ましてや、日本の人件費は相対的に他国に比べて低いことが指摘されるようになってきた。そうなると、「今のやり方では人手不足は解消しないとようやく気がついたか」、とうがった見方もしてみたくなる。

人権のことを置いておいても損失である!

技能実習というと人権問題ばかりが話題になるが、それを置いておいても、やはりあまり良い制度とは言いがたい。
「同僚は外国人」でもこの話は取り上げているが、労働市場が膠着していては人件費の上昇は見込めない。最大の理由は、やはり転職ができないことである。給料が安い、待遇が悪い、それならさっさと辞めてよそへ行けばよいのだ。人が流動的に動けば、雇用側は、良い人材をなんとか集めなければならない。それなりの対価を払わなければならない。そのコストは一義的には企業努力で吸収すべきかもしれないが、本来は価格に載せて消費者に転嫁すべきだ。どうやったら高い価格を受け入れて貰えるかを考えるのが経営戦略であって、安い人件費がなければ戦えないのであれば、はたして先進国といえるのか。

有識者会議の提言とは?

政府の有識者会議で技能実習制度の廃止の方向性が示されたのはニュースでも取り上げられたので、すでにご存じの方も多いだろう。実際に示された内容の概略は出入国在留管理庁のページで読むことができる。ようやくここへ来て是正の方向へ動き始めたようにも見える。しかし、監理団体は今まで通り、特定技能と平仄を合わせる、転職を認める、ただし制限付き、お題目は「廃止」なのだが、いったいどこが代わるのか、いまひとつよくわからない。

それでも変えた方が良い

確かに、大きく変わるように見えないのだが、それでも、やらないよりはやった方が良いというのが私の意見だ。日本の行政の改革の方法は極めて保守的だ。保守的の意味は、「変えたくない」という意味ではない。変革のとき、それ迄の利益享受者に一定の配慮をするという意味だ。つまりガラガラポンをやらない。しかし、一見変革に見えないが、じわじわと変わっていく。米の自由化のときもそんなかんじだ。ターニングポイントになってくれるのではないかとニヤニヤと期待をしている。

働く人物のイラストいろいろ

著書「同僚は外国人。10年後、ニッポンの職場はどう変わる?」(CCCメディアハウス,2020年)

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